全景
全景
北東から
北東から
南から
南から
内部1
内部1
内部2
内部2
中庭夜景
中庭夜景
通路夜景
通路夜景

宮城県仙台市 都市計画の家II 2003

 本作品は都市計画の家シリーズのの第2号ということになります。敷地の両端で途切れている区画道路を敷地の中でつなげ、その敷地内の道路に2棟の建物が接続するものです。単身者の居住空間が2棟(居室棟と水廻り棟)に分けられることによって、この敷地の中にギャラリーとしての道路と交流の場としての広場が成立することになります。この建物は主たる壁(外壁)が紙でできているもので、従来の壁のイメージを破るものですが、その他にも、多くの点で従来の住宅の概念、建築の概念について考えるテーマを提供するものです。

平面図 立面図
断面図

名称:     都市計画の家II
設計:     近江 隆/東北大学都市分析学研究室
        芳賀沼 整/はりゅう ウッド スタジオ
所在地:   宮城県仙台市鷺ヶ森
用途:     住宅
家族:     単身者一人
構造:     木造(耐震として鉄骨柱)
基礎:     ベタ基礎
規模:     地上一階

敷地面積:  267.49m2
建築面積:  58.43m2
延床面積:  51.63m2
居室棟:    29.76m2
水廻棟:    21.87m2

工期概略
2000.02〜  基本設計
2001.05    メディアテークにおいて計画案を発表
2001.08〜  基礎工事・鉄骨柱建て方工事
2001.12〜  木枠壁・天井工事
2002.04〜  紙貼工事・屋根工事・防水工事・電気工事・設備工事
2003.01〜  建具・木工事
2003.05〜  外構工事・家具工事
2003.08    竣工



配置


バリアの道(グリ石と白玉敷きによる敷地内道路)

都市計画の家・(新建築住宅特集によせて)     東北大学 近江 隆

ネットワーク居住する家族

 我が国は高齢化と少子化による人口減少時代を目前にして、家族の形態も変容を迫られている。都市では3分の1以上が単身世帯となり半分以上の世帯が1人又は2人の世帯となる。もはや大きな住宅を必要としない時代なのである。しかし、単身者といえども何部屋もある住宅を取得する。単身者も家族という関係を通して住宅を考えるのである。では家族とはと問うてみると「世帯」とは異なり「家族」は見えないのである。統計もないのである。東北6県を調査した結果、人々が家族という概念で結び合わさっている範囲は平均で8人、それが3戸の住宅に分散して居住している姿となる。一家族が3戸の住宅を使うというと大変リッチな話であるが、人々は住宅の困窮感から自由とはなっていない。
 ネットワーク居住とは、家族が分散して複数の住宅・施設等を使って住要求を充たすシステムである。高齢化を迎えて子供のいない親族が同じ地域に移住し、支え合う場所として住宅を取得する例がある。親族多世帯集住と呼ぶこの動きは、住宅がかつての空間的に定着し血縁と子供の養育を中心とする核家族の住宅から、空間的・時間的・血縁的関係がそれぞれ分離しながら、家族・個人の住要求に応えるシステムへの変換を意味している。この「都市計画の家・」の直接の発注者は東京に妻と子供が住み、自らは会津を本拠地に仕事をし、仙台で学ぶ単身者で、彼のネットワークの3つ目の住宅として設計されたものである。

都市計画の家

 通常、住宅は家族の要求を実現させる建物である以上、それが都市空間に寄与するかどうかは問われない。逆に、都市空間を豊かにすることを第一義の目的とすると住宅はどうなるのか、この問に応える住宅プロジェクトに与えた名称が「都市計画の家」である。最初の「都市計画の家 (1996)」は、日陰になることを運命づけられていた敷地北側の緑道に住宅敷地の庭を提供し、「スモール・アーバン・スペース」をつくり、そのホリゾントとしての壁を設置することが、この計画の目的に応える第一の前提とする発想から出発した。その後の展開は、この前提を受けて建物としての住宅の各部分を設定していく行為として設計を進めるものである。結果として南面及び東面の日照を失い、西日・西風・騒音の三重苦を受容する建物となるが、これらの問題は建築的に解決可能なもので、前提を棄却するものではない。
 この「都市計画の家II」では、対象敷地の両端で途切れている区画道路の接続が第一の前提として発想された。敷地・建物と道路との関係を豊かに作り上げるためには、新たな敷地内道路の設置が不可欠である。利用可能敷地面積の減少に帰着することになっても、この住宅にとって外的である公共空間としての道路を私的空間内に実現することによって生ずる相互作用の方が、都市空間をつくりだす根源としての意義があるのである。
 このような考え方の基底にあるものは、建物の発注者を直接の発注者と、その発注者から独立して土地を支配する自然及び社会としての都市を、もう一つの発注者として位置づけることによって、設計過程そのものを相対化し、都市の代理人を介して生ずる相互作用をそこに成立させることである。
 単身者の住宅といえども、それが都市という概念を含む以上、単にコンパクトで便利な居住空間をつくればよいということではない。ここでは敷地・建物に道路が接するという最も原理的な都市の関係を敷地の中につくりだす。通常、公共空間と私的空間との接続から生まれる都市空間が、敷地の中にも成立し入れ子を成す。さらに、建物を2棟に分割することによって敷地内に「建物の社会」をつくりだす。そのことによって敷地内道路は異なる建物を結ぶ道路、すなわち移動という道路の目的を獲得するのである。一つの建物と道路のセットは両者の相互作用による領域を形成し滞留というもう一つの道路の目的を獲得しているが、2棟の建物によって「人が歩く、人が止まる」という道路の二つの機能が充たされ、敷地内道路はギャラリーとなる。

幕がつくる都市空間

 2棟の建物は機能的に居室棟と水回り棟に分割され、前者は道路との相互作用面を広くするために四辺形ではなく三角形とし、後者は長い長方形とし端部にトイレを設置する。トイレは2棟を結ぶ目的(旅)となる。2棟の中間に成立する外部空間は広場や都市や自然を仮象している。都市空間は建物にとって常に外的なものとしてあることから、△□は建物等の物理的存在を表す。それに対してプランには表現されていない○は、固定した建物ではなく目的としての都市空間を意味し、それは未だ実現していないものとして扱われている。ギャラリー(敷地内道路)や広場に都市的行為が誘引・成立してはじめて、○としての都市がその都度、成立の頻度・持続時間・時期・場所・組合せを異にしながら発現する。そして、実在の都市空間はその○をある場所に固着させようとした試みの集積として成立してくるのである。
 1棟の建物が二つの棟に分割されたとすると、内部の部屋の間は間仕切り壁や建具で仕切られていたと想定できる。広場をこの仕切られた部屋の延長と考えると、建物の外壁はこの半外部・半内部空間としての広場との仕切り壁ないし建具としての壁となる。堅固な壁ではなく「内部空間をつなげる壁」の役割がここでは強調される。外壁を建具の一つである障子のように捉えると、それは西新宿で見た段ボール箱をねぐらとする「ホームレスの家」のイメージと重なってくる。紙の外壁は幕でつくられる仮設の都市空間に通ずるもので、隣地との境界に張られた布とも通じるものである。幕によって囲われた空間は、人が集まることを意味している。陣屋、地鎮祭、祭り、葬式、大道芸等の舞台をつくる幕は、最も原初的な都市空間の装置である。

外壁が紙の家に人は住めるか

 紙が壁となると、壁は構造壁ではなくそれ自体が表層の素材とは独立した存在となる。屋根を支える構造は鉄パイプの掘っ立て柱を採用した。壁は45センチ四方のグリッドで、それは3.8センチ角の木材による格子である。この木の格子は建物の構造体と独立した外壁、すなわち都市空間を形成する幕、ホームレスの家の段ボールを仮象するものとなった。
 外壁を紙にすることが不変の目的ではない。利用者が変われば要求される性能が変わるのは当然である。当初の発注者は真冬でも裸足でセッタ履きの人間であるから、過剰な性能をもつ壁を必要としないのである。万人に満足を与える壁を当初からつくるという考えは、発注者が既に都市であることを意味している。そうだとすれば、イニシャルコストの全てを当初の発注者が負担する根拠はない。そのときどきに利用する人が自己の負担でその性能を取得すればよいのである。SIはその可能性を担保するスケルトンを用意することである。紙1枚の住宅に住めない人は、ワーロン紙を2枚重ねに貼る、内側のグリッドにダブルスキンとしてワーロン紙を貼る、断熱ガラスや断熱パネルを貼る、内部にテントを張る等の無数の解決法の中から適するものを選択すればよいのである。

バリアの道

 2棟の建物はそれぞれ機能を欠くことによって相互に依存しあっていて独立性がない。しかし長期的にみるとこの主屋と附属屋の関係も変化する。当初の単身者の住宅からSOHOとしての利用、そして、居室棟に水回りの設備が導入されると2棟の独立した住宅となり、団地となる。団地となったとしても「都市計画の家」の思想が無くなるわけではないが、建物と外部との関係は異なってくる。道路や広場はこれまでの住宅の延長としての意味を失い、都市計画上の独立した概念である道路や広場となる。「都市計画の家・」は当然、この時間の中での変化を受容し、この空間が放棄されるまで多様な都市空間を生成しつづけることを課せられている。そして最後は山に還るのである。グリ石と白玉敷きの歩きにくい道路は公共空間と私的空間の違いを視覚的サインとして伝えるもので、外来者への一応のバリアとなる。周辺に空き家が目立つこの見捨てられた場所では、このバリアを受容するものだけが、都市空間をつくるという企図に参加できるのである。