葛尾村復興交流館と赤松

今日は、南相馬のお客さんの家を訪問して来ました。

施主の方と建物の打ち合わせが終わった後、
標葉郡(かつての大熊町・浪江町・双葉町・葛尾村)の話になります。
その中で、葛尾村からの森林鉄道の話となりました。
>森林鉄道

葛尾村の風景は、今年発刊したアトラス04でも記述されています。

小さいころ浪江駅から葛尾村へ向かうトロッコに乗ったこと。
葛尾村は全国的に有名な赤松の産地だったこと。
その後、松食い虫か、供給量、外材に押されて下火になっていったこと。

私たちのプロジェクトで、昨年葛尾村復興交流館に携わりました。その建物の屋根に、村のシンボル的な古民家であった百石の家の材料を建物の棟の部分に使っています。

敷地のあるところは、森林鉄道のドバだったようです。

 

10m近くあった百石の家の材料は、赤松でした。

百石の家の小屋組は、ほとんどが梁勝ちの小屋組でした。12mを超える材料もありました。
あたらめて考えると、葛尾村の赤松を生かした小屋組です。
赤松は柱よりも、梁材によく使われます。

百石の家の材料、赤松が、復興交流館の中で、葛尾村をまた繋いでいくものになってほしいと思いました。

>葛尾村復興交流館

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