スタジオメモ2 南会津町H医院の施工の始まり

Category スタジオブログ スタジオメモ — @ 2011年3月30日

●3月30日

○H医院
長谷川医院H医院の現場で、医院の手前にあった住宅の解体がおわり、アプローチ部分の施工が始まりました。
H医院は、芳賀沼製作の施工で、はりゅうウッドスタジオが設計の一部を協力をさせて頂いた物件です。
地震後、資材が入りにくい状況でしたが、仕様の変更などを行い、工事が進めることが出来ています。

↓手前の住宅の解体前

↓解体後、医院部分が表れてきた。

奥にあるのがH医院です。今回の解体により、道路側に駐車場等がとれるようになると共に、来院される方にもスロープでのぼりやすい形を計画しています。
また将来の正面部分を中心とした改修工事を前提にした、アプローチ工事となる予定です。

○バイオマスボイラー設置工事実施設計業務
南会津町の委託業務であった、きらら289へのバイオマスボイラー設置工事実施設計がまとまってきました。明日提出する予定です。設備設計の方は、福島市の方で、地震後断水、停電等あり、通常業務が行なえない状態でしたが、この度まとめて頂きました。本当にありがとうございました。

○住宅コンペへの応募
ある住宅コンペへ応募することになりました。期間が短いのですが、また経過等をお知らせします。

(文・滑田)

スタジオメモ1 スタジオミーティング (改)

Category スタジオブログ スタジオメモ — @ 2011年3月29日

●3月26日

針生に遠藤さんご家族がいらっしゃいました。

2週間もの間に、避難所→福島県棚倉町→岐阜県と点々と移動されたということ。

おかあさんが、辛くて泣くよりも、人のあたたかさに泣いたということを話してくれました。

●3月29日
スタジオミーティング。進行している業務の打ち合わせと共に、震災について、スタジオとして何ができるのかという話合い。

芳賀沼から、被災されている方の意識にポイントを置いて、建築的に何か出来ないかという提案。建築によって前向きになれることや、時間の尺度を広げ、長い目で見た時の意識等、様々な着眼点があるのではないかという話が出る。

現在は、即効性のある支援が必要とされている。その後、時間が経過してくると被災された方の意識に視点をおいた取り組みが必要となってくるのかもしれない。

どうすれば被災された方が、前向きになれるのか、私たちスタジオとして、建築的なアイディアを提案できればよいのかもしれない。という流れになった。

・浜通りの方が、放射能の影響もあり、それまで住んでいたところから比較的距離があるところに避難されている。空きがある既存のアパート等や、空家等にすんだりと本格的に移住されている方もいる。5年スパン、10年スパンでの移住も含めたまちづくりに対しての方法。移住されていることを無駄にしないような提案があるのではないか。
・被災した個々の住宅、建築物についての改修の筋道づくり
などなど

近日再度スタジオ内でミーティングすることになりました。

最近は、もう少しで新月であるために、とてもたくさんの星が見えます。

(文) 滑田

青空

Category スタジオブログ — @ 2011年3月26日

今日は、夕方に秀文さんが針生にくる。
地震後にはじめて会う。
でも今日は茨城で打合せですぐは会えないかもしれない。
青空を見上げたら秀文さんの笑顔をおもいだした。
富岡の町は長い長い道のスタートをきった気がする。
今回も針生を力を蓄えてスタートの場所として選んでくれると嬉しい。

新建築HPの文章より

(文 芳賀沼整)

仙台レポート 滑田 地盤の傾き 改修への筋道をつくる

●3月25日
今日は仙台市泉区にある友人の家を訪問しました。
先日電話を頂き、家が傾いており状況を見てほしいと声をかけてもらったので出来るだけ早く行きたいと考えていました。

友人の家は、団地の高台の端に位置し、景色の良いところにあり、今回の地震で家が傾いていました。(1/20程度)

(敷地内にある地割れ)

大工さんも一度見にきてくれたようで、基礎や建物は、瓦が落ちる程度で全く問題なかったのですが、地盤の方が傾いていました。家は、傾いていたとしても、様々な方法で直すことができます。

①基礎は、そのままで建物を土台から上部の傾きをパッキンを調整するなどで直す方法
②基礎下部からジャッキアップ、鋼管杭により支持層までの鋼管をつくる(日本曵家境界のHP)

建物のつくりは、丁寧につくられており、大工さんの心意気がつたわる家でした。
友人の家は建物自体には問題がなく、基礎の傾きをどのように直すのかというのが考えなければならない所です。

地盤調査の後、支持層の状況をみながらの判断になります。
家を地震後の被害を判定するのに、応急危険度判定という制度があります。

応急危険度判定士が、この家は安全かどうかという判断を、地震後の発生後の早い段階で行ないます。
できるだけ、たくさんの住宅をすばやく判断していかなければならないので、主に外観からの調査で、3段階の判定(検査済み、要注意、危険)をします。
その判定では、具体的な解決策を示すわけではなく、その後、どのように家を直していくのかという問題は、それぞれの施主の方が、判断しなければなりません。

一部の破損であれば(例えば瓦だけとか)、その部分だけを直せば良いので比較的対処しやすいものです。
しかし、複合的に被害が重なったときや、補修費用が高額になるときなどには、施主の方だけでは判断が難しいと感じることがあると思います。

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今回の友人の家では、そうした時に、設計事務所の視点から、この補修の筋道を建てることがまず必要だと思いました。
さまざまな改修(補修)の方法があり、費用面とのバランスも考慮しなければなりませんし、これからの家族の住み方についても考える必要があります。
もし気持ちが沈んでしまっていても、私たちが筋道を立てて改修を行なっていく事で前向きになることができればと考えています。

改修の判断に困るケースは、地震後2週間が経とうとする今、数多く生まれてくる問題かもしれません。
被災後の改修の判断にお困りの場合、わたしたちもできるだけ対応したいと思います。

はりゅうウッドスタジオは福島と東京に拠点があります。
震災から、少しずつ復興を始めた今、通常の設計業務との連携をとりながら活動していきたいと思います。

(文 滑田)

きなこ

Category スタジオブログ 施主様のペット — @ 2011年3月25日

ときどき皆様との打ち合わせに きなちゃんがお邪魔します。

[新建築社HP 東北地方太平洋沖地震 建築関係者のメッセージと取り組み]に寄稿しました。

Category お知らせ スタジオブログ 雑誌紹介 — @ 2011年3月23日

新建築社のホームページに、芳賀沼が地震についての文(メッセージ)を執筆しました。
主に地震の日の事に関する事です。

建築関係者のメッセージと取り組み 芳賀沼整

他の建築関係者の方も書かれています。

仙台レポート 芳賀沼

Category スタジオブログ スタジオメモ — @ 2011年3月21日

地震以降に気になったままいた仙台にむかった。福島県富岡町の原発付近で被災したため、仙台の地震もどんなにすごいのかが想像できた。

交通機関が整う前だった為、フランスから緊急帰国した坂口さんを同乗しての仙台入りだった。都市計画の家2を先に見てから向かうつもりで立寄ると、正面のガラス戸が全て外れて内側のブラインドの金具に引っかかる状態で止まっていた。

2時間の作業後先生の家に向かったが、途中に幾つかの人の行列を目にした。
水の出ない場所の給水、灯油、米、野菜の数量制限付きの販売新鮮な日保ちする果物も不足していて、あらゆる店舗が閉まっていた。


↑仙台K邸 地震に備えて耐震補強した金具 最低限の役割を果たしてくれた。(K邸のおばあさんは無事でした)

電話が繋がらなかった為、陣中見舞いは突然のインターホンからだったが、近江先生の姿が玄関に近づくのが見えた、元気そうにいつもの笑顔で一安心。
臨場感ある先生の説明は、家が壊れると思う程長く揺れた事、書庫の本が全部飛び出してしまい、はじめが天窓から侵入してやっと入れた事、仙台市街地のこれからの心配、日本の先行き、先生の体調の事等、近江先生健在を自分の目で確かめる事が出来た。

山形で給油を2000円限定で2時間並び帰宅となった。
(文責 芳賀沼整)

地震後一週間のメモ 2

●3月14日(月)
きらら289のバイオマスボイラー工事について、オヤマダエンジニアリングに連絡。電話中にも余震がくる。オヤマダエンジニアリングのお客様にも被害があり対応に追われているようである。

●3月15日(火)
この日の夜、芳賀沼・田中が、東北大学の坂口さんとともに仙台に移動。昼間に携行缶にガソリンをもらい往復分を確保する。東京ー針生で通常3.5時間程度 のところを8時間以上かけて針生に到着。その後お米等をお渡しして、山形回りで仙台に入った。原発の放射能等の問題があり、移動中も心配であった。

●3月16日(水)
芳賀沼、田中は仙台。I邸、都市計画の家2、K邸近江先生宅を、午前中に回り、また午後に戻るようになった。詳しくはまた芳賀沼のレポートで。
応急危険度判定の要請の電話が南会津建設事務所の村井さんよりあり、18日に向かう事にする。

●3月17日(木) 天栄村へ

滑田、天栄村の湯本地区に向かう。古い茅葺き民家の方からの電話であり、一部材料がずれていたが大きな問題では無いことを伝える。角部分を中心に内部の漆喰が割れて いるところがあり。
これらは、構造上の問題ではなく、地震時に内壁材が動いた事によるひび割れです。RC(鉄筋コンクリート造)の場合、壁にひびが入ると構造上の問題のがある事が多いのですが、木造の場合は、荷重を受けていない部分なので応急的な心配をする必要はありません。
宿泊のお客さんは、地震の影響で全く来ていないとのことであった。

●3月18日(金) 応急危険度判定
応急危険度判定のお手伝いとして、南会津町から福島県中島村に向かう。県の佐竹さんをサポートし、25、6棟の建物を歩いて回る。中島村全体では500棟以上あるようで、外観のみの検査である。外観は、全く無傷でも内部で大きく被害の出ているところもあった。


↑鉄骨造の基礎も割れているものが見受けられた。

20人近くの人が参加していた。この日は、風の流れがよく、放射能もそれほど来ていないようだった。

重い瓦屋根の住宅が顕著に瓦を傷めている。地域でみられる耐震上の問題について、建築設計者と大工さんがうまく組めないものかと思う。また工場等の鉄骨造においても、天井材などの2次部材が落下している事例も見られた。震度が大きくない場所でも被害の起き易いようである。

●3月20日(日) 東京へ
開通した東北新幹線で那須塩原から東京まで向かう。斎藤は名古屋に一旦戻ることになった。午後東京で大田区のI様と打合せ。出産がんばってね。

現在、燃料事情があまり良くなく、物流関係も福島では止まっている。被災された施主の方への応急処置後の補修作業が滞りがちになっている。来週始めには、また各メーカーに問い合わせて状況を打開したい。
東京は、節電モードであり、人通りが少なく落ち着いていた。

●3月21日(月)
原子力発電所の影響については、この数ヶ月だけでなく、残留する放射性物質のことを考えると3年以上の長期的な問題になってくるのかもしれない。また浜通りに戻られる方への期間限定の移住プログラムや2地域居住と絡めたシステムの提案やサポートが必要とされるのだろう。被災された方に対してのサポートや、東京と福島に拠点をもつはりゅうウッドスタジオで出来る事についても、もう一度考えてみるようにしたい。

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以上 乱筆乱文申し訳ありません。

地震後、まだご連絡できていないお客様もいます。
もし被災状況等何かありましたら、はりゅうウッドスタジオまでご連絡ください。

はりゅうウッドスタジオ info@haryu.co.jp     0241-65-1001

(文責 滑田)

地震後一週間のメモ1

Category スタジオブログ スタジオメモ — @ 2011年3月20日

●3月11日(金) 地震初日

11日は地震が起きた日である。私たちのいる風景が全く別なものに替わってしまった日でもあった。

この日、芳賀沼・白鳥は福島県の浜通りでもある福島県富岡町で打ち合わせ中であった。滑田・斎藤は会津若松に向かっていたが、会津若松市内は、ブロック塀が倒れ、病院の機能がストップしており、すぐに南会津に戻るようにする。

この日は、地震の直後から連絡がつかず、津波警報の連絡も芳賀沼にできず、非常に心配になる。

地震直後、芳賀沼・白鳥は2010年秋に竣工したE様邸に向かった。奥様とお子さんがいらして、暖炉の火の処理を手伝った後、会社から戻ってきたE様より津波の心配があるという事で避難。先祖の植えた木で組み上げたE様邸は地震のときはそれほど揺れなかったらしい。しかし、その後E様邸は津波に流されてしまった。

夕方、災害掲示板にてE様ご家族と、芳賀沼・白鳥の無事とを確認できた。命が助かって本当に良かったと思えた瞬間だった。
深夜、大熊町経由で芳賀沼・白鳥が富岡町より針生に戻る。E様ご家族は、避難所にいらっしゃった。
東京の伊藤にもスタジオの無事を連絡。新宿からの歩いての帰宅。

(E様邸のこと、地震のことについては、また芳賀沼より文章をアップします。)

●3月12日(土) 地震2日目 施主の方々への確認
施主の方の無事、被災状況を確認するために連絡をとる。しかし電話が繋がらず連絡がとれない状況。芳賀沼は、東京に戻り、関東方面のお客様へ連絡をとる。芳賀沼製作でも、被災されてた地域を中心に電話をしていた。
郡山方面のT様、S様には、直接針生より見に行くようにする。天栄までの道は、普通車のみ通行でき、道路等も陥没している所がいくつかあった。

(↑土壁が崩れおちた蔵)

・郡山T様邸

T様邸は、傾斜地の住宅であったが、無事基礎も動いていなかった。郡山市内に入り、T様邸の建物が見えた時には、本当にホッとしました。外壁についても、金属サイディングであったためにひび等の問題はなかった。T様ご家族もご無事でほっとする。郡山が断水しているために針生からの水をお持ちする。内壁の割れや、室外機の移動についてご連絡があり、また燃料の状況や、入荷状況を見て対応させて頂く事にする。その後お子様と奥様は、ご実家に避難されたとの事でした。

・郡山S様邸

同じ市内のS様邸に移動。公会堂前の道が通行止めになっている。S様邸では、建築物自体には大きな構造上の問題はないが、地震時に重い暖炉が動いたということ。そのため煙突が外れていた。一つ間違えれば火事の危険性もあったかもしれない。暖炉は倒れる危険性の少ないものであるが、今回のような周期の横揺れの時には地震時には重い物体が動いてしまい危険であった。火事の危険性からか、できるだけ暖炉についても壁と接触しないように設置しているものも多い。暖炉メーカーとも話し、地震対策についても話してみることにする。また破損した煙突の入荷についてはメドがたたない状況である。S様は、主に暖炉で空調をとっていたために、明日石油ファンヒーターを御持ちするようにした。次の日に芳賀沼製作から、煙突の応急処置について大工さんが訪問することになった。

また、左官仕上げの外壁について継ぎ目部分にひびが入る。木造がしなやかに地震力に対応するために外壁材はどうしても動いてしまう。軸組には問題なく、構造上の問題ではないことを説明する。また防水に対しても、内側の通湿防水シートで行なっているために雨漏れ等の心配はない状態である。下げ振りにて建物の傾きを確認するが問題はなかった。
郡山出発時に芳賀沼製作に明日の作業内容を伝えたいが、公衆電話等も使えず、softbankどうしであれば通じるようなので、メールで要点を伝え、郡山に戻る。途中、須賀川近辺の被害が大きかった。

この日、芳賀沼東京のお施主さん、また茨城の方々にも連絡がとれる。

●3月13日(日)
芳賀沼が富岡町のEさんと連絡。場所を移動されて避難されているとの事。また本日予定していた大田区のI様の打ち合わせを延期させて頂いた。
芳賀沼製作が、郡山方面のお客様の元へ、応急処置に伺っている。S様邸でも暖炉の応急処置をするとともに、当分の間のための石油ファンヒーターと灯油をお持ちした。

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以上 乱筆乱文申し訳ありません。

地震後、まだご連絡できていないお客様もいます。
もし被災状況等何かありましたら、はりゅうウッドスタジオまでご連絡ください。

はりゅうウッドスタジオ info@haryu.co.jp     0241-65-1001

(文責 滑田)

地震と津波の被害を受けた方々に心からのお見舞いを申し上げます。

Category お知らせ スタジオブログ 未分類 — @ 2011年3月13日

地震と津波の被害を受けた方々に心からのお見舞いを申し上げます。
深い悲しみとともに、被災者の方々とそのご家族のことを思い、祈っています。

また、現在、被災されたお施主様に、地震の被害状況について確認を行っています。
しかし、電話が通じない場合も多いため、確認が進んでいません。
私たちからも今後継続的に確認のご連絡を差し上げますが、
もしこのHPをご覧になった方は、info(アットマーク)haryu.co.jpまでご連絡いただけると幸いです。
まず、応急的な対処について、対応させていただいています。

※協力施工会社である芳賀沼製作とも協力して確認作業を行っています。
芳賀沼製作 info(アットマーク)haganuma.co.jp 0241-64-2221

●はりゅうウッドスタジオへの連絡
現在、はりゅうウッドスタジオへの電子メールは、支障なく確認できる状況です。
はりゅうウッドスタジオ連絡先
メールアドレス info(アットマーク)haryu.co.jp
0241-65-1001

南会津地域では、大きな被害はありませんでした。所員、事務所とも無事です。ご心配おかけしています。

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