唐櫃美術館と豊島の生活

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7月末、唐櫃美術館の展示に追加する材料・機材と生活のための最小限の道具を積んで豊島に向かった。1週間程度の滞在で展示物を整え、地元の住民に混じって運営に参加するためだ。

車で15時間程の道中と1時間程の船の旅はさも海外に来たかのような道のりだが、気候や風土が違う土地に普段生活する南会津のような親近感が湧いていた。島内にコンビニもなく、アパートなどはないが近所に地元の人も良く買いに来るタコ飯屋の屋台や漁師のたこ焼きが食べれる近所の溜まり場がいくつもあり、人々の距離感が近いからかもしれない。

唐櫃地区は唐櫃港のある「唐櫃浜」と豊島美術館(設計:西沢立衛氏)や島キッチン(設計:安部良氏)などがある「唐櫃岡」に分けられ、唐櫃美術館のある唐櫃浜には73世帯142人が暮らす。住民は主に漁業を生業としいる人が多く、今の時期はタコ、蟹等が水揚げされる。豊島内の生業は漁だけでなく、田畑(オリーブ等も)、果樹(レモン・いちご・みかん等)、酪農も行われて、様々な職種の人が島内のあちこちで繋がりがある日常に豊島での生活の豊さを感じていた。

唐櫃美術館はとても大らかな美術館だ。普段、開館は9時過ぎであったり、昼過ぎであったりと漁や農作業等の合間の時間に開かれる。地元住民が交代で店番をしながら、開いていると近所の人が様子を見にきたり、訪れた旅行者と住民が一緒にお茶を飲みをするようなそんな美術館だ。

唐櫃での滞在中は瀬戸内国際芸術祭の期間内と云うこともあり、様々な人に展示や震災以降の活動を知ってもらいたい気持ちで、8時過ぎから準備を始め、いつでも誰でも見にこれるように心がけた。

朝開けておくと、地元の方が顔を見せてくれる。日中はたくさんの人が訪れるのを気にしてあまり寄らない人が「調子はどう?今日も暑いね!」、夕方も他の美術館が閉まっても少し遅くまであけておくと「今日はたくさん来た?」などと声を掛けてもらいながら立ち話をしたりと、特に朝夕は地元の人のと交流の場にもなる美術館であることを改めて実感しながら過ごしていた。

現在唐櫃美術館での展示は福島での震災以降の活動を伝えるために震災以降福島県で生まれた木造仮設の建設から日常までを追った藤塚光政氏の写真展示「木造仮設住宅群-3.11からはじまったある建築の記録-」と東北大学の五十嵐太郎氏のプロデュースと共に仮設住宅地で生まれた彦坂尚嘉による「FUKUSHIMA ART」である。「FUKUSHIMA ART」はあいちトリエンナーレ2013にも出展されるため、あいちトリエンナーレのPRを行いながらの展示となっている。

震災以降の活動を直に報告される機会も東北から離れる程少なく、訪れる方の中には「木造の仮設住宅があることをはじめて知った」と云うひとも少なくない。書籍『木造仮設住宅群』撮影記なかで藤塚氏の「〜われわれは広範囲で起きた超大震災と大津波を忘れないために、時折、映像を繰り返し、見なければならないということだ。(中略)平穏な日常の日々は、災害と大災害の狭間にすぎない。われわれはその事を覚悟しておかなければならないだろう。」と云うフレーズは震災後2年を経過した今、改めて活動を伝えることの大切さを考えさせられる。

瀬戸内芸術祭にあわせた9月1日までの夏期間、唐櫃美術館は少しずつ変化していく。展示に対する解説やPRチラシなどが少しずつ追加されたり、運営に係る様々な人々によって手が加えられていく。

唐櫃美術館は、日々、島を訪れる様々な人々、島民を大らかに受け入れる「溜まり場」「休憩所」「憩いの場」のような場所であり、人の繋がりを通して常に発信し続ける活きた美術館であるのかもしれない。

(文・写真:早川 真介)

 

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